猫の名はプーチン~The silly alley cat's blog~

プーチンさんは元地域のボス猫 ロシアからじゃないけど愛をこめて(笑) ~大好きなSeattleと本と猫と寺社参拝と...その時の気分で書いてます~

異文化の中で生活するということ② ~10年前、いい歳して留学してみた~

 みなさんは日常でどのくらい外国人と関わりを持っていますか?
 
 最近は田舎でも外国人の方を見かけるようになりましたが、私が子供の頃は自転車に乗った「アナタ、カミヲシンジマスカ?」と布教活動をされている方、またはアジア系の永住者の方々が少しいる程度で、関西在住で仕事をしていた時も、外資系ではなかったので、ほぼ外国人の方と関わる事はありませんでした。
 
 私が今のように外国人と関わるようになったのは、会社の大規模リストラの嵐に巻き込まれた10年前、 「この後どうしようかなぁ~」と迷っていた時に、外資系に勤めている友人が「まとまったお金が入ったんなら、ちょっと海外行ってみたら?行く気があるなら、シアトルで、元同僚が留学エージェントをしているから、聞いてあげるよ」と言ってくれたことでした。
 それから、話はトントン拍子に進み、気が付いたら(語学)留学という感じ、英語はまるでダメ、住んだらどうにかなるだろう的な半ばやけくそ、甘い考えで渡米しちゃったのです。
 行き先がシアトルに決まったのはそんな感じで、当時アメリカには全く興味なし、ICHIROがいるからメジャーの野球観られていいんじゃない?程度の認識でした。
 今思えば、彼女のなにげない一言が、その後を大きく変えたのです。その一言がなければ、たぶん、日本の事しか知らないで一生過ごしていたのかもしれません。
 自分でチケットを取り、ツアー以外では初の渡航。単身アメリカに到着したその時から、きっと私の人生は大きく変わっていったのだと思います。
 
  シアトルに到着すると、小柄なおばあちゃんが私の名前を書いた紙を持って立っていました。近づいたら、「Manami?」と言われたので「Yes!」と答えたら、早口でいろいろまくし立てられながら、あっという間に車に乗せられ、I-5を飛ばしてステイ先に連れて行ってくれました。その間約1時間「あれが、スペースニードルよ」と言ってくれたことしか覚えていません。時差ボケと言葉がわからないことで、かなり不安だったのだけは覚えています。
 初対面のホストマザーは、一見厳しい感じに見えて、これからどうなるのかなぁ~という思いで聞いた説明は、Shower 5 minutes❞ の印象しか残っていません。
 そのあと近所の QFC(grocery store)に連れて行ってもらって、ケロッグのシリアルと牛乳買ってもらって(朝夕ごはん付きのため)帰宅、その日の夜はサラダとパン。ほぼ無言の気まずい夕食をとって、その日の記憶はそれで途切れています。
 
それが、前途多難なシアトル生活の始まりでした。
 
つづく
 
 
 
 
 17日目 あほうさんは今朝は早かった模様 
           放置してたら裏までやってきた
                    ハラヘリさんは猫なで声  

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