猫の名はプーチン~The silly alley cat's blog~

プーチンさんは元地域のボス猫 ロシアからじゃないけど愛をこめて(笑) ~大好きなSeattleと本と猫と寺社参拝と...その時の気分で書いてます~

1月5日、母が永眠致しました 〜手続きや準備…お通夜まで〜

令和4年1月5日 午後4時15分

母、安らかに永眠致しました。

11年前の4月5日にくも膜下出血で倒れて以来、様々なことがありましたが、2年前に寝たきりになり、昨年の10月に誤嚥で入院して、末に退院したものの、体調が急変して3時間弱の自宅滞在の後、救急車で再入院となり、それからは遺漏などはせず、食べられなくなったら枯れるように…最期を迎えるを目標にしました。

これは、本人の希望に沿ったものでしたが、目も見えず、耳も遠く、食べる楽しみもないのに生きるというのは、正直、酷ではないかという判断を話し合って決めたことではありました。ですが、在宅介護の大変さよりも、夜中の呼び出し電話に備えたり、精神的には重いものがあった日々でした。

このコロナ禍で、面会もままならない時々もありましたが、点滴ができなくなり、終わりが近づくタイミングで、毎日面会許可をいただけ、年末からは、父の付き添い許可も出して下さった病院には感謝の気持ちでいっぱいです。

津山市では、10月27日から1月6日の発表まで、表向きコロナ罹患者が出ていなかったのもラッキーだったと思います。

1月4日の夕刻の電話の後、病院に向かい、西宮から弟が到着したのが22時ごろで、その後は家族4人で過ごすことがで来ました。

夜明け前ごろの可能性が高かったのですが、父と弟の応援で、何度も持ち直し…

昼前に、食料確保とプーチンの餌やり、スマフォのバッテリーの取りに、ここまで介護をして来た私は、死に目に会えなくても仕方ないと思い1人で一時外出する気でいましたが、結局、弟の車で猛ダッシュの外出になりました。

病院に戻っても少し落ち着いており、3時を過ぎるまで驚きの頑張りを見せた母ですが、最後は、心臓より呼吸の状況悪化で、呼吸が緩やかに鈍くなり…穏やかな顔で旅立って行きました。

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その後は、エンゼルケアなどをしてただいている間に、セレマに電話、弟とおおよその荷物を持って自宅に戻り、母の帰宅用の布団の用意をして病院にトンボ帰り、その間、母のケアマネさんが、父の相手をして下さっていて、戻ると母の搬送準備がされていました。

死亡届をいただいて、裏のエレベーター前で4階の看護師さん達が見送って下さって、下に降りると、母がお世話になっていた、3階の一般病棟、1階の外来、訪問看護の方々、そして担当医の先生も最後の見送りをして下さいました。

あの光景は忘れられません。

母が亡くなった時間と、帰宅の途に着く時間が、ちょうど、病院の外来の終了と看護師さんの交代時間だったの方は思いますが、母が10年間お世話になった皆さんとお別れしたくてはかったのかな?

なんて思ったりしてしています。

 

帰宅後は、セレマの担当者の方と打ち合わせがあったり、徳守神社の担当の方と電話で話したり、やることは山盛り。

高齢の父には、できるわけもないので、主に私で、弟がサポートという形で動きました。

自宅で通夜だけではなく、家族葬とはいえ、全てを行うのは、現代では少ないことなので、どこまでうまくできるのかチャレンジだったのですが、思いのほかスムーズに進みました。

セレマの「お母様の申込みプランはこちらです💁‍♂️」に疑念もあったのですが、下調べだけは手をつけていなかったので、グレードダウンは避けました。

市役所への死亡届の提出は、代行して下さる…というか…セットなのでセレマさんがやってくれたのですが、うちの場合、徒歩5-6分でなので自分達でも問題なく出来たとは思いますが、市役所から遠い方には便利なサービスなのかもしれません。

葬儀については、病身の家族を抱えると考えずらいものですが、コロナで小さなお葬式も増えているので、昔のようなお葬式を基準としたプランタイプは、無駄な部分も多いとは思いますが、湯灌をして、美しく整えていただいたのは、美意識の高かった母にとっては、女の花道で良かったと思います。

徳守神社さんとの打ち合わせは、神社に出向いて行いました。

亡くなってから50日は、神社に参拝はできないのですが、このような打ち合わせは、鳥居ではなく脇の入り口から入れば問題ないそうです。

打ち合わせでは、母の経歴や趣味などを詳しくお伝えしたのですが、生まれや結婚などは戸籍を持っていてよかったと思います。

帰宅後は、通夜と葬儀の仕出しの手配をしましたが、通夜は5人、葬儀は7人程度だったので、セレマからの営業トークもなく、時々お世話になる地元の加藤鮮魚店にお願いしました。

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「おじちゃん、ええのするからな😄」と、おっしゃって下さった通り、美味しくてお値段以上のものでした☺️

 

翌7日は夕方5時からお通夜でしたが、それまでに、ニトリで座布団とNウォームのラグを購入

前日に、禰宜さんとお話ししていて、神事の時には座布団は要らないと言われたのですが、うちの座布団...だったので、一応、一枚新しい物とカバー5枚を揃えました。

あと、和室だけど板張りで寒いので、足元が冷えないようにご用意しました。

我が家、母が倒れた11年前から、こたつをテーブル式に変えたので、良い座布団がありません(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

割と盲点、というか、なんというか…

1月は寒いですから、冬場は使わない和室用にラグは必要でした。

自宅で葬儀をしようと思ったのは、本当に間際になってからでしたから、細かいことが抜けていました。

というか、本当は、葬式なんかやりたくなかったんだと思います。

人の最後のお手伝いをしたことはありますが、自分が準備をしたのは初めてなので、色々な面で複雑な感情が入り混じってはいたのですが、故人の為には、はたして何が良いのか?

悩ましく、元々、事務方の仕事をしていたこともあり、段取りが常に頭にあり、割とドライにやってはいても、後で考えると心中は穏やかではなかったようです。

 

ここまで、母の死からお通夜の前までをまとめましたが、段取りも金銭面も、体験しないとわからないことばかりなので、今後の為にと思い記録しておくことに致しました。

この後、通夜、告別式に続きます。

 

神式や自宅での家族葬は、現代では少し珍しいことでもありますので、参考になれば幸いです。

 

 

★プーチンさんの日常★

宝塚の親友からブラザードフラワーが届きました☺️

プーチンさんは紐状の物に興味があるようですw

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